陰雑記

日陰者の日記・陰弁慶の陰口

第九(歓喜の歌)の歌詞の一節にこんなのがある。

Ja, wer auch nur eine Seele

Sein nennt auf dem Erdenrund!

Und wer's nie gekonnt, der stehle

Weinend sich aus diesem Bund!

これがこう訳される。(Wikipedia参照)

そうだ、地球上にただ一人だけでも

心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ

そしてそれがどうしてもできなかった者は

この輪から泣く泣く立ち去るがよい

これが、「排他的だ」「ぼっちに厳しい」「コミュ障は帰れと言っている」というように捉えられているのをツイッターで見た。

 実は私は第九の歌詞を全然知らなかった。(私はオペラとかミュージカルですら歌詞を一切気にせず聞けるタイプだ。)なので、あの歌にこういう内容があったということに驚いた。が、よくよく読んでみたらこの訳はちょっと違うのではないかと思った。というのも、歓喜の歌ではこうも歌われているからだ。

Alle Menschen werden Brüder,

Wo dein sanfter Flügel weilt.

すべての人々は兄弟となる

汝の柔らかな翼が留まる所で

……すべての人々が兄弟になるって言ってんのにぼっち・コミュ障は例外なんてことがあるだろうか、と思った。矛盾している。こんな明白な矛盾に作者が気付かないはずはないので、多分解釈が間違っているんだろう。ぼっちに厳しい箇所を自分で直訳したらこうなった。

そうだ、地球上でただ一つの魂だけを

自分のものと呼ぶ者もだ!

そしてそれが決してできなかったものは

泣きながら密かにこの同盟を去るがよい

直訳だとこうなのだ。sein nennt=「彼のものと呼ぶ」の対象が何か、というところが重要だと思う。Wikipediaの訳は、「ただ一つの『他人の』魂を彼のものだと言える人」=「一人だけ友達がいたり、恋人がいたりする人」でも歓喜せよ!という解釈なのだが、違うのではないか。この地球上でただ一つの魂というのは自分の魂も含むのであって、自分の魂だけが自分のものだと言える人とは、むしろ孤独な人・ぼっち・コミュ障のことを指しているのではなかろうか。それが決してできなかったもの(ただ一つの魂すら自分のものと言えなかったもの)というのは、つまり魂を持っていないもの=非生物のことであって、人間ではなく悪魔か何かのことを指しているのではないか?? だとしたら「すべての人間は兄弟となり~」の件と矛盾しなくなる。こう考えれば、この一節は排他的であるどころか、「自分しか頼れる存在がいないような孤独な人・寂しい人でも、この集まりに来て一緒に歓喜しよう!」という意味になるので、極めて温かいメッセージになると思うのだがどうなのだろうか。むしろここが一番大事な箇所だからこそ最初に「Ja」(「そうだ!」)を置いて強調しているのではなかろうか。。

 

 「それが決してできなかったもの」の「それ」が意味するのは「eine Seele sein nennt」=「一つの魂を自分のものと呼ぶ」の部分だと思う。そこを分かりやすくするなら、

 Ja, wer auch nur eine Seele sein nennt auf dem Erdenrund!

の訳は

 そうだ、地球上で一つの魂を自分のものと呼ぶだけの者もだ!

とすればより正確かと思う。つまりnurを、eine Seeleにではなく、eine Seele sein nennt全体に掛かっているものとして読むということだ。そう読むと後続

 Und wer's nie gekonnt, der stehle weinend sich aus diesem Bund!

の部分は

 地球上において一つの魂を自分のものと呼ぶことができないものは去れ

という意味になって、去れと言われているのが人間ではないということが理解しやすい。

 どうもこの部分の「それ」が「歓呼の声に加わること」を指していると解釈されるのが普通のようで、そうするとこれは「仲良くできないやつは出ていけ」というような意味になってしまう。しかし神の力で全人類が結びつくと言っているのに、そこから零れ落ちるやつがいるのはやはりおかしい。それに「一つの魂だけを自分のものと呼ぶ者」が孤独な人間が意味するものなのであれば、その中には「他人と歓呼の声を合わせることができない者」という意味も自明に含まれているように思う。ということで、排除されるのは人間ではない何かであると見るべきだと思う。単純にそう解釈した方が詩として美しい。

 

 なお英訳(これもWikipedia)はこうなっていた。

Yes, even if he holds but one soul

As his own in all the world!

But let the man who knows nothing of this

Steal away alone and in sorrow.

そうだ、全世界においてもし彼がただ一つの魂をしか

自分のものとして持っていなかったとしてもだ!

しかしこれについて何一つ知らない者は

独り悲しみの内に立ち去らせよ

……manではなく、oneとすれば私の解釈とも合いそうだ。

 

 英訳を読んで気付いたが、そうか、「この地球上で自分のものだと言えるのが一つの魂だけしかない人でもだ!」という解釈ができるのか。つまり「私の所有物と呼べるようなものはこの魂一つだけしかない」っていうくらい孤独で何もない人でも、こっちに来て一緒に歓喜しよう!っていう意味になる。こっちの方が壮絶でいいかもしれないな。というか私のやった直訳も、よく見たらそう読めるな。言葉って難しい。

 

参考:

歓喜の歌 - Wikipedia

ベートーベン「第9交響曲」-歓喜に寄す(2) - 西洋音楽歳時記

Ode to Joy - Wikipedia