陰雑記

日陰者の日記・陰弁慶の陰口

高校を思い出す

 少し涼しくなったせいか蝉がよく鳴いていた。でもその声が、どうにも精神を圧迫する。

 職務上での無能はお許し頂きたい。私だってやりたくてやっているのではない。

 まだ木曜か。

 23時前に終業して、2時近くまでゲーム(スカイリム)をした。

 ゲームしないと気が狂いそうだから。

 高校時代を思い出す。今と全く同じだ。強調される「主体性」。「成長」。課題。自由時間を侵食する勉強。頭の硬い(規範意識でガンギマリの)つまらん教師。大きな意図、大きな目的に自分が巻き込まれているということがたまらなく嫌だった。「自分のため」と呼ばれるそれを強制的にやらされる。「今が一番大切な時」。

 毎日7時間目まである学校だった。

 受験期になると夜に授業があって、22時だか23時だかに帰っていた。正確には覚えてないけど、終バスで帰っていた。で、次の日は7時半には出発しないといけなくて、それで8時半の投稿時間にぎりぎり間に合うか、間に合わないくらいだった。

 拘束時間が長いからこそ、遊びの時間を取らないと頭がおかしくなりそうだった。だからゲームをしていた。それで一層睡眠時間は足りなくなり、頭が回らなくて、まともに会話もできない状態で、何もかもが最悪だった。高校の選択を間違えたことが今までずっと尾を引いているような気がしてならない。

 あの学校にいると常に調子が悪かった。3年間を経て、その調子の悪さは習慣となった。

 大学である程度取り戻せたと思いたい。大学は、少なくとも朝を遅くできた。あれが「本来性」なのだ。生活時間そのものが。

 何もかも間違えていた。就職してからの苦痛の原因も主に生活時間にある。夜型の長眠型がやっていける生活様式ではない。

 家から一番近いところに通うべきだったのだ。勉強「させる」学校に通う必要もなかった。塾でも予備校でも何でも良かったはずだ。勉強するなら学校の外でやるべきだっただろう。学校は勉強するためだけの場所じゃないんだから。あの学校では重要なことを何も学べなかったような気がする。