陰雑記

日陰者の日記・陰弁慶の陰口

朝と夜は涼しい。

1.鎮火?

 

 23時前に終業した。そろそろタスクも減ってきたので、来週あたりからはもう少し早く終われるようになるかもしれないし、ならないかもしれない。

 

2.閉心

 

 心を開くから動揺する。閉ざして防御しておくべきだ。相手の情動にも自分の情動にもついて行ってはいけない。そうだな、何よりまず自分に対して心を閉ざすべきだ。他人に対し心を開いていると見せかけるためにも、自分に対して心を閉じる。

 集中力というのもそうだ。集中とは対象に意識を集中することではなく、対象以外への意識を閉じることなのだ。余計なものに目をやらなければ、必要なものが見える。

 自分の声を聞かないことが、却って強固に自分を守ることになる。妙な想念についていかないこと。自分の考えたことをあまり信用しないこと。

 

3.刑務所

 

 「刑務所に入って幸せだ」と主張する無期懲役囚の話を読んだ。この先も日本は凋落していくだろうから、刑務所が理想化される機運もますます高まるのだろうと思った。

 確かに、下手に娑婆で暮らすより刑務所に行った方が幸せな人もいるかもしれん。

 刑務所内には同類しかいないから、地位の差はなく貧富の差もない。監視されているから安全。更正は求められるかもしれんが、成長や貢献や創造性や責任は求められない。三度の食事と寝床と規則正しい生活。会社なら「いつでも辞めることができる、だがいつ辞めるべきか分からない」という葛藤があるが、刑務所は強制なので受け入れるしかない。その心理的安定。

 

4.賃金奴隷

 

 大多数の人は賃労働が大好きだ。するのもさせるのも好きだ。集団に属して、その集団の規範を「自分事」にするのが好きだ。多分、本来の意味での自分事を持っていないので、他人からそれを与えられると安心するのだと思う。主体性、積極性、自分事。責任、目標、品質管理。

 義務というのは常に脅迫を根拠に持つのだが、そのことが忘れられた場合、義務は無制約・無条件なものとして感じられるようになり、遂には義務が「自分の意志」になる。そうして「すべし」が「したい」になる。自発的に隷属することに幸福を感じる優秀な奴隷ができる。主人と利害が一致する、弁証法的に止揚された奴隷。故に最早奴隷ではない高次の奴隷。それが労働者だ。労道者と書いても良い。