陰雑記

日陰者の日記・陰弁慶の陰口

壮年です

 子供部屋おじさんか。私の部屋の壁紙、星柄なんですよね。。天井も星。電気消すと蛍光色に光るやつ。なんか年々キツくなってきてます。まだ大丈夫だけど。50とかになってもこの部屋に住むの?大丈夫?という感じがします。ものものしい哲学書を本棚に詰め込むことで印象の中和を図っていますがどうなんでしょう。星の散りばめられた部屋でショーペンハウアーが睨みを利かせている。エアコン設置業者とか部屋に入れたくない。この家に引っ越すとき(小学校入学前)に、自分の部屋の壁紙は自分で選んでいいぞーとお父さん(当時はパパと呼んでいた)に言われ選んだ壁紙。選んだ時の気持ちは覚えてないけど。……親父よ、選ばせるな。あらゆる可能性を考慮しておけ。おっさんになっても住める部屋を子供に贈ってくれ。。

 

 そんなこんなで28歳か。小5の時の担任が28歳だったな。あいつと同い年かあ。

 太宰治人間失格』が好きで昔よく読みました。狂人こと主人公の大庭葉蔵が書いた手記がまるっと小説になっている体の作品ですが、その手記の最後の一文がこれ、「自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から、四十以上に見られます」……というわけで気付けばいつの間にか、大庭葉蔵より歳上になってたんだよなあ。まあ、40過ぎには見られないから、いいか。。しかしたしかに白髪は増えた。

 

 ちなみに私的には28歳は若者なんですが、どうなんでしょうか。区切り的には壮年期というやつですが、少年、青年、中年と比較して影が薄いんですよね、壮年って。それはともかく少年~壮年をひっくるめて若者、でいいと思うんですけど、正直やや自信がなくなりつつあるのも事実。肌の質が落ちてきている。老いを感じる。。体力はまだ大丈夫。しかしそのうち、ああ。

 どうもググった限り、25~44歳を壮年期と呼ぶのは厚生労働省が定めた定義みたいです。エリクソンの発達理論ではこの辺は成人期と呼んでいて、この後40~65歳頃を壮年期と呼んでいるらしいです。中年期というのはエリクソン的には存在しないようですね。こういうややこしさがあるから壮年は陰が薄いのかもしれないです。「壮」という漢字は単体では「血気盛ん」とか「体力がある」とかいう意味になるようなので、私としては厚生労働省が言ってる壮年定義の方がしっくりきます。60代前半を含めるのはおかしいでしょう。

 

 もうそろそろ、将来がどうのこうのとか言える歳ではなくなってくると思う。……いやそんなことはないか。そう思うのは比較対象が学生時代だからでしょう。教育を受けていた時分に比べれば、まあ間違いなく色んな可能性が消失している訳ですが、しかし学生時代と比較できるということ自体が、まだまだ私は若いということを意味している、はず。壮年期の定義に従えば44までは若者だ。そう思うことにしよう。その先は正直想像もつかない。

 

 何にせよ漠然とした将来のことを考えても仕方がないので、明日とか明後日あたりにできる具体的な行動をイメージするしかないのだと思う。